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寄稿:製鉄業のデジタル革新 – JFE 条鋼株式会社が挑む AWS による基盤刷新への道

本稿は、JFE 条鋼株式会社による AWS 移行の取り組みについて、主導された JFE 条鋼株式会社 神庭 公一様、JFE システムズ株式会社 齋藤 誠様、株式会社エクサ 中西 広行様より寄稿いただきました。

はじめに

JFE 条鋼株式会社 (以下、JFE 条鋼) は、鉄鋼製品の中でも主に形鋼と鉄筋棒鋼を製造、販売する電炉メーカーです。電気炉を使用して鉄スクラップを主原料とした製品を製造する電炉業界は、資源リサイクルの担い手として持続可能な循環型社会に貢献する重要な役割を担っています。同社は、この精錬技術を活かした資源リサイクル事業も中核事業として展開しています。
電炉業界は、原材料となるスクラップ価格が短期間で変動する厳しい環境下において、競争力の維持・強化が求められています。このような状況下で操業効率化が急務となる中、データサイエンスの活用を検討しましたが、従来のオンプレミス環境では多額の初期投資が必要で、システムリソースの柔軟な拡張も困難でした。さらに、主要なサーバのメーカー保守終了が迫っており、システム基盤の見直しが必要な時期を迎えていました。
このような事業環境の中で、JFE 条鋼は、デジタルトランスフォーメーション (DX) による業務効率化と高度化を推進する方針を決定しました。特に、2035 年以降に予測される労働人口の大幅な減少を見据え、データドリブンで高頻度かつ自動的・自律的な業務プロセスを実現できる基盤が必要でした。そこで、最新のデータ分析サービスや機械学習機能を柔軟に活用でき、高度なデータ処理基盤を迅速に構築できる AWS への移行を選択しました。

プロジェクト体制とアプローチ

このような課題認識のもと、AWS 環境構築、ネットワーク設計、アプリケーション移行など、多岐にわたる専門性が求められるプロジェクトを成功させるため、それぞれの強みを持つ 3 社での協業体制を構築しました。事業会社として JFE 条鋼は業務要件を熟知していることから全体統括と要件定義を担当し、基盤とネットワークについては AWS 環境構築の豊富な実績を持つ 株式会社エクサが基盤設計と SASE の導入を担当しました。また長年、基幹系業務システムの維持管理・保守を担当しており、当社環境を熟知している JFE システムズ株式会社が、その知見を活かしてアプリケーション移行と運用設計を担当しました。さらに、鉄鋼業に深い知見を持つ AWS の営業担当者とソリューション・アーキテクトが継続的にサポートし、当社の課題認識や取り組みの方向性を十分に理解した上で、適切な技術支援を提供したこともプロジェクトをスムーズに進められた要因となりました。

システム基盤のアーキテクチャ

AWS 環境を長期的に運用していくためには、まず適切なガバナンス体制の確立が不可欠です。そこで、システム基盤の構築にあたり、最初のステップとして AWS Control Tower を採用しました。これにより、複数の AWS アカウントを一元的に管理し、セキュリティとコンプライアンスの基準を組織全体で統一的に適用できる環境を整えました。さらに、生産管理システムなどの基幹業務システムと、データサイエンス環境を明確に分離し、それぞれの特性に応じたセキュリティポリシーとガードレールを設定しました。基幹システムではセキュリティとガバナンスを重視した厳格な制御を行う一方、データサイエンス環境では分析業務に必要な柔軟性を確保し、セキュリティを担保しながらデータ活用促進を実現しました。 また、ネットワークについては SD-WAN (Software-Defined Wide Area Network) の導入により、拠点間通信の冗長化とインターネットアクセスの最適化を行いました。その結果、従来の専用線による接続と比較して、より柔軟で効率的なネットワーク構成となりました。

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図 1 マルチアカウント基盤アーキテクチャ図

生産管理システムの移行

第一弾として 1 つの製造所の生産管理システムの移行を実施しました。そこでは、システムの可用性を確保するため複数の対策を講じました。 まず、アプリケーションサーバーについては、既存アプリケーションの特性を考慮し障害発生時にはスナップショットからの復旧とする構成を採用しました。また、データベースについては Amazon RDS のマルチ AZ 構成を採用し、障害発生時の自動フェイルオーバーを可能としました。 次に、BCP (事業継続計画) 対策として東京と大阪のリージョン間でのバックアップと定期的なデータ同期の仕組みを構築しました。AWS Backup を活用し、EC2 や RDS のスナップショットを日次で取得しリージョンをまたがって保管することで、広域災害にも対応可能な構成としました。

図 2 生産管理システムアーキテクチャ図

データ活用基盤の確立

JFE 条鋼では、AWS 移行を機にデータ活用の基盤を刷新し、製造現場のデータをリアルタイムで収集、分析し、業務改善に活用する環境を整備しています。 FA と IT の連携を実現するオープンなエッジコンピューティング基盤 EdgeCross を採用し、各製造設備からのデータを収集しています。収集したデータは、時系列データに最適化された Amazon Timestream に格納し、大規模な製造設備データの効率的な管理と高速な分析を行っています。これにより、製造プロセスの詳細な時系列分析や、設備の稼働状況のリアルタイムモニタリングなど、時間軸に沿った多様なデータ活用が可能となっております。 さらに、可視化基盤として Amazon QuickSight を採用し、製造ラインの稼働状況や KPI のリアルタイムモニタリングを行っています。このような取り組みにより、現場のオペレータから管理者まで必要な情報をタイムリーに確認できる環境を構築しました。


図 3 データ活用基盤アーキテクチャ図

得られた効果と今後の展望

生産管理システムの AWS 移行により、まずハードウェアの運用から解放され、システムの可用性も向上しました。特に、マルチ AZ 構成の採用やバックアップの自動化により、システムの信頼性が向上しました。また、データ活用の面では製造現場のデータをリアルタイムで分析し、業務改善に活用できる環境が整いました。
今後は、これらの基盤を活用し収集したデータを活用した予知保全や品質向上など、より高度なデジタル化を推進します。特に注力するのがプロセス全体の高速化です。従来の日次バッチ処理的な業務プロセスから脱却し、データ処理の高速化・高頻度化を進めます。これにより、サプライチェーンの変化や操業状況の変化にリアルタイムで対応できる体制を目指します。
また、操業により近い業務システムへの展開も段階的に進めます。まずは集計的な機能から着手し、実績を確認しながらより操業に近い領域へと範囲を拡大する計画です。現行システムと新システムが併存する中で、データの連携方式やユーザーインターフェース、運用方式の一貫性確保など、想定される課題に対しては AWS の機能を最大限活用して解決を図ります。
このような業務プロセスの改革とデータ処理の高度化を相互に連携させ、スパイラル的な進化を図ります。

まとめ

このように、当社は AWS 移行プロジェクトを通じて、システム基盤の近代化と業務プロセスの革新を進めています。AWS を活用しセキュリティと利便性を両立する環境を構築し、生産管理システムの安定稼働とデータ活用基盤の整備を行いました。これにより、データドリブンな業務プロセスの基盤が整いました。 今後は、これらの基盤をさらに発展させ、予知保全や品質向上に向けたデータ分析を深化させ、データ処理の高速化・高頻度化を進めます。従来の日次バッチ処理的なプロセスから脱却し、よりリアルタイムな対応を可能とする業務プロセスへと進化させます。最終的には、人間の役割を「オペレーター」から「デザイナー」へと進化させ、より創造的な業務への転換を図ることで、持続可能な企業成長を実現します。

執筆者

神庭様写真神庭公一JFE 条鋼株式会社
業務イノベーション推進部業務改革グループマネージャー
大学学部卒業後、鉄鋼会社にて生産管理、営業(輸出・国内)の業務の後、システム部門へ。2013年度に現会社に出向・移籍し、現在に至る。社内業務システムとそのインフラに関する企画・構築・運用全般を担当。

齋藤様写真斎藤誠JFE システムズ株式会社
産業ソリューション事業本部 鉄鋼関連事業部 関連企業第2開発部第3グループ

大学院卒業後、JFE システムズに入社。以降、JFE 条鋼担当システムエンジニアとして、業務システム開発、オンプレミスサーバの設計・構築を担当。2023 年から基幹業務システムの AWS リフトプロジェクトをリーダとして推進

中西様写真中西広行株式会社エクサ
基盤システム本部 基盤ソリューション部 第 2 ソリューション室
大学卒業後、株式会社エクサに入社。以降、セキュリティソリューション、および、クラウドエンジニアとして、システム基盤の設計構築を担当。2023 年より、JFE 条鋼様 AWS マルチアカウント環境の構築運用、および、SASE 導入プロジェクトをリーダーとして推進